和製ハッセル、ブロニカ S2

Updated: Sep 30
重く、遅く、それでも忘れられない一台。
いま、ゼンザ ブロニカ(ZENZA BRONICA)という名前を口にしても、通りがよいとは言えない。だが昭和のカメラ誌をめくれば、この国産中判は何度も特集され、通称「和製ハッセル」と呼ばれていた。本家の由来はもっと素朴で、創業者・吉野善三郎の名そのものだ。米商の家に生まれ、カメラに惹かれ、やがて自分の理想を形にしようと工場を開いた。ブランド名の「ゼンザ(ZENZA)」は、善三郎の「善」から来ている。

ブロニカの歴代機には、口コミ以上に、他社がなかなか真似しなかった機構がある。フィルムを本格的に撮り始めて十年ほど前の私は、より大きな画面、より深いボケを欲しがっていた。ネット上の情報は、どれも同じ方角を指していた。中判である。機海のなかから選んだのが、このZENZA BRONICA S2(略してブロニカ S2)だった。そこから 120 フィルムの、いわゆる「金のかかる旅」が始まった。
ユニット交換式という思想
ブロニカS2 が世に出たのは 1964 - 65 年。ボディ、ファインダー、フィルムバック、レンズをそれぞれ外して組み替えられる、いわゆるユニット交換式カメラだ。ウェストレベルファインダールをプリズムファインダーに換える。撮影の途中でバックを差し替え、ネガとポジ、あるいは感度の違うロールを使い分ける。ハッセルブラッド、ペンタックス、マミヤにも同じ思想はある。
ブロニカだけが特別、というわけではない。
特別なのは、ミラーの動きだ。
一眼レフのミラーは、普通は跳ね上がる。S2 は違う。シャッターを切ると、ミラーは下へ潜る。降下式インスタントリターンである。前にも後にも、ほとんど類を見ない。利点ははっきりしている。レンズの後玉をボディ側へ深く送り込める。だから S2 に載るレンズは、どれも薄い。超広角の設計にも有利だった。代償もはっきりしている。ミラーの動きが大きい。シャッター音は堂々として、振動も隠しようがない。修理も楽ではない。

撮影の直前、フィルムバックに差し込んであるダークスライドを引き抜かないと、シャッターは降りない。
速度は 1/1000 秒から 1 秒、それに B シャッター。晴天下で開放 F2.8 を使っても、なんとかなる範囲だ。
ファインダーが暗い、という声はよく聞く。私にはまだ許容範囲だった。ハッセルの高級ファインダーと並べたことがない、というのが正直なところでもある。ただ、6×6 中判の焦点深度は想像以上に浅い。F2.8 では、前後にわずか一、二センチずれてもピンが外れる。ルーペを立てて、ピントグラスをよくよく見る。それがこのカメラの作法だった。
レンズ:ニッコールという幸運
光学設計が特異で、マウントも主流ではない。それでもレンズの選択肢は細らなかった。いちばん広い 40mm(135 換算でおよそ 23mm)から、最長 1200mm まで揃う。供給元は三つ。自社のゼンザノン(ZEZANON)、日本光学のニッコール(NIKKOR)、そして駒村工機のコムラー(KOMURA)。

私自身は、深く潜ってはいない。手元に置いたのは三本だけだ。
Nikkor-H 50mm F3.5
Nikkor-P 75mm F2.8
Nikkor-Q 135mm F3.5
いずれも、ニッコールらしい。芯が鋭く、逆光にも強く、開放から実用になる。
50mm F3.5 は広角で、35mm判換算で約 28mm 相当。6×6 に載せると、135フィルムのときの 28mm より「広い」と感じる。タル型の歪曲は目立たない。フィルター径は 82mm で、見るからに偉丈夫だ。
75mm F2.8 は標準レンズ。35mm判換算で約 40mm 相当。いちばん小さく、出かけるときはたいていこれだった。開放はピントが難しいが、描写は崩れない。画面周辺のボケに、ごくわずかな口径食(いわゆる猫目ボケ)が出る。
135mm F3.5 は一番後から買った中望遠。35mm判換算で約 70mm 相当。鏡胴は長いが、重さは思ったほど増えない。ただ、入手した頃にはブロニカを出す回数そのものが減っていて、実射は多くない。
長いあいだ、背負ってきたもの
S2のボディだけで約 1,780g 。それでも、焼き上がった一枚の質を見ると、肩の負担は忘れることができた。かつてはブロニカと Canon EOS 5D Mark III、それにレンズ何本かを同時に担いで旅に出た。2016 年から 17 年にかけて何度か日本へ行ったときも、昼はブロニカ、夜景や祭りの列は 5D3、という役割分担だった。自分で見て、満足できる写真が、その頃にたくさん残っている。
ブロニカが出す立体感は、135 フィルムとは比べものにならない。それが売りであることは確かだが、実際のところ 6×6 中判に共通する利点でもある。判型の話は、ここでは繰り返さない。
操作には、かなりの集中が要る。何台も同時に構えていると、すぐに息が上がる。実際の手順は、おおよそこうだ。
120 か 220 かを、フィルムバック側で選ぶ
フィルムを入れ、スタートマーク合わせ
バックをボディに装着し、巻上げクランクで 1 コマ目まで送る
構図を決める。露出はスマホか露出計で測る
シャッターと絞りを決め、それからピントを合わせる
ダークスライドを引き、シャッターを切る
クランクを回し、手順 4 に戻る
装填までの準備を除いても、一枚に三十秒から一分はかかる。ピントがとくに遅い。セルフコッキング式ですが、巻上げを忘れ、ダークスライドを抜き忘れる。決定的な瞬間を、何度逃したかわからない。逆に言えば、ブロニカで撮った写真の多くは、よく考えてから切った一枚だ。全体の質が上がったのは、たぶんそのせいである。
数年を経て、写真が自分にとって持つ意味も、少し変わった。かつては描写の鋭さ、画素数を気にした。だが、よい写真が、いちばん高いレンズから生まれるとは限らない。金を積んだ末に残るのは、高画素で、シャープで、中身のない一枚 — そういう経験も、少なくなかった。
ブロニカは、いいカメラだ。同時に、重すぎて、遅すぎる。いまの私は、もうこのカメラに見合う使い手ではない気がする。手間を惜しまず外へ連れ出し、欠点ごと引き受けられる人のほうが似合う。いまの私は、ペンタックス 645N のオートフォーカスがくれる安心や富士フイルムGF670の軽さのほうへ、傾いている。

心が老いた、のかもしれない。
長く泣き続けるよりは、傷つき果てるのを待たず、自分の手で送り出す;防湿庫の肥やしにするくらいなら、撮ってくれる人の手に渡したほうがいい。それが、銀塩を続ける者の礼儀でもあると思った。



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